【衝撃】上島竜兵さん そんなに繊細だったのかあ・・・・・

【衝撃】上島竜兵さん そんなに繊細だったのかあ・・・・・

【衝撃】上島竜兵さん そんなに繊細だったのかあ・・・・・

上島 竜兵 (うえしま りゅうへい、1961年1月20日 – 2022年5月11日)は、日本のお笑いタレント、俳優。ダチョウ倶楽部の大ボケ担当。本名は、上島 龍平(読み方同じ)。通称、ちゃん(先輩芸人が使用する)または、さん(若手芸人などが使用することがある)。
38キロバイト (5,314 語) – 2022年5月14日 (土) 10:50
生きててほしかった・・・

1 Anonymous ★ :2022/05/15(日) 00:03:11.53

上島竜兵さん師匠の待つ天国へ 志村けんさんと重なる繊細さと優しさ…記者が悼む
https://news.yahoo.co.jp/articles/5a0fed437cae54263fa483184c0a22e5fcc594b1

 「やー!」「聞いてないよォ」などのギャグで人気のお笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵(うえしま・りゅう
へい、本名・龍平)さんが11日未明、東京都内の自宅で倒れているのを発見され、その後、死亡が確認された。61歳だった。
 * * *

 まだハッキリと情景が目に浮かぶ。昨年3月15日。ダチョウ倶楽部の3人に、一周忌を迎えた志村けんさんへの思いを改めて聞いた。「1日に1回は思い出すよね。かみさんと話していても、3人で話しても話題にね。サツマイモを食べたら『サツマイモ嫌いだったな、あの人は』って」。肥後克広、寺門ジモンが「師匠」「志村さん」と呼んでいた一方で、上島さんは「あの人」という呼び方が多く、志村さんがいない現実と向き合うことを恐れているような気もした。時折、宙を見ながら、“キレ芸”とは真逆の優しい口調で語ってくれた。

 上島さんと志村さんはプロレスラー・川田利明さんの紹介で出会い、付き合いは20年を超えた。麻布十番や六本木で飲み歩き、仕事ではフジテレビ系「志村けんのバカ殿様」などで共演。志村さんの三鷹の自宅や東村山の実家に泊まり込む仲だった。丸2日間、3食を共に過ごしていたら、ひかる夫人から言われたという。「志村さんと結婚したら?」。それほど通じ合っていた。

 肥後が俳優業、寺門がグルメなどの仕事が増える中、上島さんは志村さんに相談したという。「趣味を作った方がいいんですかね」。返ってきた言葉は「お笑い好きなんだろ? だったらお笑いやっていけよ」。背中を押された。「一度も褒められたことがないんだけど、たまに『竜ちゃんがいてくれて良かったよ』ってこぼすんだよね。うれしかったな」

 志村さんの顔写真を自宅の部屋にある神棚に飾ろうともしたが、毎日顔を合わせることで亡くなったという事実と向き合うことになる。舞台で使った手ぬぐいを置くにとどめた。その繊細さはどこか志村さんを思い起こさせ、その優しさに多くの人が集ったのだと思う。

 「いつまでも区切りはつかない」ともつぶやいた。「永六輔さんが『人から忘れられた時に本当の死』と言っていたけど、そう考えると、みんなの中でまだまだ生きているよね」。わずか1年で、竜兵さんに対して同じ言葉を使うなど思ってもいなかった。3人のやり取りはあまりに楽しく、今もボイスレコーダーから消せずにいる。声を聞き直すと、写真撮影でハンチングをかぶり直す姿も目に浮かんだ。本当に格好良かった。せめて天国で志村さんとお酒を酌み交わせていますように。今はそう願い、祈ることしかできない。

報知新聞社

続きを読む

続きを見る

おもしろがり速報カテゴリの最新記事